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アチェ州ランブレー村にある避難所。ザキーラちゃんは、先週土曜日、防水シートの上で産声をあげた。薬も石けんもなかった。臍の緒は、助産師である伯母がペーパーナイフで切り取った。ザキーラちゃんが生まれたランブレーにある避難所ではおよそ500世帯が避難生活を送っているが、先週だけでも3人の妊婦が出産した。どれも基礎的な産科ケアすらない中での出産だった。ザキーラちゃんの母親レヴィータさん自身も助産師で、津波で村が流される前までは姉妹で小さな産科クリニックを開いていた。避難所では、自分の出産前までほかの妊婦の出産に立ち会っていた。「ある妊婦さんは出血がひどかったのですが、何とか食い止めることはできました。せめて脱水症だけでも防ごうとたくさんお水をあげたんです」と避難所での分娩の様子を語る。

バンダアチェでは津波による被害の対応に追われており、妊産婦が必要とする医薬品などが決定的に不足したままだ。人道支援活動では、妊産婦に対する救援は見過ごされたり後回しにされたりすることが多い。一方、国連人口基金(UNFPA)の推計では、アチェ州だけで現在15,000人の妊婦がいて、その内 800人が今月中に出産を迎えるとされている。バンダアチェで救援活動をしている国連人口基金のメラニア・ヒデヤット医師は、「医薬品や医療体制の不十分な中での出産では、妊婦と胎児両方に命の危険が及びます。破傷風や感染症のほかにも失血による妊産婦死亡が増えるおそれがあります」と警告している。また、インドネシア保健省の医師は、バンダアチェにあるケスダム病院の産科病棟が機能していないほか、アチェ州にある病院全体で医薬品、衛生用品、衣類、簡易トイレが不足しており、妊婦の貧血症を防ぐのに必要なビタミン剤や鉄剤もないと報告している。

ランブレーの避難所は緑あふれる丘にあって、津波さえなければ海岸の絶景が見渡せる場所である。丘の麓にあった漁村は津波で壊滅し、崩れた家の残骸と壊れたボートや車でいっぱいになってしまったが、こうした高台があるおかげで、津波発生時、村民の9割が安全な場所へ避難することができた。避難所のテント生活では日中の強い陽射しや時々発生するスコールなどからは守られているものの、物資の不足は深刻だ。ランブレーを含め多くの避難所では、トイレすら十分にない。避難所に暮らす女性にとっては、トイレに行くのにも体を洗うのにもプライバシーが守られず、深刻な事態になっている。

「夫が布の切れ端を集めて、洗い場にカーテンを作ってくれたんです」と話すレヴィータだが、カーテンの長さは腰の高さにも満たない。

敬虔なイスラム教徒の多いアチェ州では、頭部を覆うスカーフなしに女性が外出することは難しい。そこで国連人口基金は、救援物資の中にスカーフも合わせて避難所で配布している。国連人口基金で公衆衛生を専門にしているヘニア・ダカック医師は、「女性が外出できなければ、救援物資を取りに行くことすらできません。私たちがスカーフを配るのは、女性の行動範囲を広げるためなのです」と述べ、国連人口基金の救援活動の一端を語った。また、ダカック医師は、こうした災害では医療施設や物資の被害だけではなく、医師や看護師そして助産師などが被災することで、地域全体の医療体制そのものが崩壊してしまうと指摘する。インドネシア助産師協会の調べでは、5,500名の助産師の約3割が津波で死亡したとされている。

国連人口基金はこれまでに、タオルやせっけんそして生理用品の入った基礎衛生キット5トン分に加え、産科ケア用に医薬品や医療器具を被災地で配布した。また、1月21日には14トンの追加救援物資がバンダアチェに到着する予定だ。物資の配布は、現地および国際NGOと協力して行なう。国連人口基金では、 GOAL、International Rescue Committee、Islamic Relief、Medecin du Mondeといった国際人道援助機関のほか、ジャカルタに本部のある女性グループ「Solidaritas Perembuan(女性の団結)」とも連携している。