スーダンのダルフール地方での紛争で、ハッジャ(Hajja)と彼女の家族は家からの避難を強いられた。その時すでに彼女は妊娠4ヶ月目であった。55キロにもわたる灼熱の砂漠を歩き続け、たどり着いたのは、カルマ(Kalma)の国内避難民キャンプであった。キャンプには産婦人科施設があり、疲弊しきったハッジャに、彼女と生まれてくる子供の健康を守るための緊急産科ケアが提供された。今月の初めに、ハッジャは施設の助産師の介助を受け健康な女の子を出産し、その子に"Hope(希望)"と名づけた。
カルマの産婦人科施設には2人の医者、4人の医療スタッフ、そして2人の助産師が働いている。彼らは、一日に60人もの避難民女性と接し、出産前及び出産後ケアに至る家族計画からHIV予防を含む性的暴力への取り組みまで様々なサービスを提供している。
緊急事態におけるリプロダクティブ・ヘルスの軽視は、妊産婦や胎児の死亡、望まない妊娠そして性感染症の流行といった、深刻な結果を引き起こしてしまう可能性が非常に高い。
しかし、国連人口基金によると、1990年代初期より以前まで隔離された場所では、カルマでなされているようなリプロダクティブ・ヘルスのサービスは、ほとんど提供されてこなかったという。
「世界難民デー」(6月20日)でのトラヤオベイド 国連人口基金事務局長の発言によると、ほんの10年前まで、難民女性は子どもを抱え続け、性的暴力やHIV感染に関して非常に危険な状態に晒されているという実態に、ほとんど目が向けられていなかった、という。
「私たちは、長い道のりのなか歩を進めてきました。その中で、難民に対しリプロダクティブ・ヘルスケアを提供することが、食料、水、住居といった生活の向上のための必要条件と同等なのだという意識が、人道支援に取り組むパートナーやドナー間において高まっていくのを目の当たりにしてきました。これは、どちらか一方を、という条件ではなく、私たちは両方とも提供しなければならないのです。」
UNHCR、国連人口基金、コロンビア大学そしてその他の機関によって行なわれた評価によると、難民のためのリプロダクティブヘルス・サービスが、 1994年にカイロで行なわれた国際人口開発会議で人道支援の一つであるとして議題となって以来、劇的に改善されていると報告されている。会議では、難民のリプロダクティブ・ヘルス向上に取り組む国連組織とNGOとの連携が強化された。
この合同評価で、リプロダクティブ・ヘルスケアの少なくとも一部ではあるが、多くの難民が利用することが可能となっているとの報告がある。また、緊急を要する状況下の地域でも、ケアの利用が次第に可能となってきているとも述べられている。しかし、そういったケアへの資金援助に関しては、食料やその他に人道支援としてよく認知されている分野と比べて、はるかにその水準が低いとも報告されている。
研究においては、国際的な難民の倍以上存在している国内避難民がリプロダクティブヘルス・サービスへアクセスすることが今最も困難であることも明らかになった。それら国内避難民にアクセスを提供していかなければならないことなどUNHCRや国連人口基金といった機関がなすべきことは、この過去10年間広がり続けている。しかし、財源不足そしてアクセスが困難であるということがあいまっている状況は、多くの人々におけるリプロダクティブヘルス・サービスがいまだ限られている、あるいは全く行き届いていないということを示している。
ハッジャはそういった状況の下で、幸運であったことが言える。2003年3月のダルフール地方における紛争勃発によって発生した100万人を超える国内避難民の多くは、いまだ人道支援機関の手の届かないところにいる。国連人口基金は、ダルフール地方全域にわたり、カルマにあるような国内避難民キャンプにおけるリプロダクティブヘルス・サービスの改善、さらに出来うる限り多くの国内避難民にリプロダクティブヘルス・サービスが行き届くようその拡大に取り組んでいる。
「10年前と比べ、今日の難民女性における妊娠や、性的暴力や性感染症から身を守ることに関する安全性は高まっています。私たちは、あらゆる場所の全ての避難民に対して、それら非常に重要なサービスが行き届くよう、引き続き共に取り組んでいかなければなりません。」とオベイド氏は述べた。