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モルドバ・キシナウ:「私が妊娠していること、娘を連れて歩いていることを気にかける人は誰もいませんでした。ですが、私たちのために立ち止まってくれなかった人たちに腹を立てることはできませんでした。ほとんどの車は人で溢れていました。高齢者や車椅子の方たちも自力で国境へたどり着こうとしていました」――。

 

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受け、暴力と恐怖、不確実性が高まる中、ナターシャ・クズネツォワさん(21歳)はウクライナ第二の都市ハルキウにある自宅を離れました。 彼女が「世界で最も美しい都市」と表現した場所は、未曾有の危機に直面しており、死傷者は日ごとに増加し、数千人が住む場所を失う事態となりました。

 

「私たちは自宅に留まるつもりでした。しかし、砲撃音が鳴りやむことはなく、ウクライナを出ることを決断しました」と、ナターシャさんは振り返りました。妊娠7か月目の彼女は、3歳の娘、母親と3人の姉妹とともに、12時間かけて歩いてモルドバの国境を越えました。

 

凍えるような寒さ、疲労と発熱が続くなど、その道のりはあまりに過酷なものでした。男性たちはウクライナから避難することが許されず、家族はウクライナと国境を接するパランカで離れ離れになりました。キシナウにようやく到着したとき、彼女たちは改装されたスポーツセンターの中に避難所があるのを見つけました。そこはモルドバ政府が運営する難民センターの中でも国内最大級の避難所で、UNFPAが疲労と精神的ダメージを負って避難してきた難民の女性と少女たちを支援している場所でした。「私たちは折りたたみ式のベッドを一人一台ずつ提供されました。そこにいた数百人の人たちは、他の場所へと避難を再開する前に少しでも休もうとしていました。私もいつの間にか眠っていました」――。

 

医療提供体制の崩壊、危険にさらされる脆弱な命
しかし、ナターシャさんはその夜、高熱と体の痛みで目が覚めました。彼女は急性腎不全の症状で、すぐに救急車で病院に搬送されました。急性腎不全は、処置が遅れれば命に関わる病気ですが、医療スタッフのおかげで命に別状はなく、お腹の赤ちゃんも無事でした。モルドバ政府による医療費の全額負担もあり、彼女は今、病院で回復に向かっています。

 

UNFPAのスタッフは療養中の彼女のもとを訪れ、女性と少女の衛生管理をサポートするのに最低限必要な物資を詰めた「ディグニティー(尊厳)キット」(石けん、生理用ナプキンなどを含む)を提供しました。このキットは、危機下で衛生状態を維持するだけでなく、女性たちの自尊心を守るものです。軍事侵攻が始まってから、UNFPAはモルドバへ逃れたウクライナ難民を対象に、これまで6,000個以上のキットを配布しています。

 

ロシアによるウクライナへの軍事攻撃が始まってから数週間、女性たちは地下室や地下鉄の駅で出産せざるを得ず、また医療施設の損壊により生まれたばかりの赤ちゃんは防空壕(爆撃から一時的に避難するためのシェルター)での生活を余儀なくされています。2月24日の侵攻開始から、ウクライナではこれまでに4,300人以上の赤ちゃんが生まれています。そして、今後3ヶ月間で約8万人の女性が出産を控えているとされていますが、彼女たちの多くが必要な母子保健へのアクセスを失っています。

 

ウクライナのヘルスケア・システムは、ロシアによる軍事攻撃のターゲットとなっており、産院を含む数十の保健・医療施設がすでに攻撃されています。3月16日、マリウポリでは最大の病院がロシア軍に包囲・攻撃され、医療スタッフと患者たち約400人が一晩中人質に取られていたと報じられています。

 

人道危機下で安全を求めて
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、モルドバは人口あたり最多の難民を受け入れていると報告されています。3月16日現在、34万人以上の人々がモルドバへと避難してきています。これまで、300万人以上の人々がウクライナを逃れたと推定され、その多くは近隣のハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロバキアへと避難しており、これらの国々は押し寄せる難民への対応に追われています。


© UNFPA Moldova/Eduard Bîzgu

難民の多くは子どもを連れた女性です。ウクライナに暮らす何百万人もの女性や少女にとって、人身売買やジェンダーに基づく暴力(GBV)はこれまでも長年にわたる脅威でしたが、今はさらにこうした暴力の被害に遭いやすい状況に置かれています。ウクライナ危機とそれによる避難民の急増が、性的嫌がらせや暴力など、彼女たちを虐待のリスクにさらしているのです。

 

UNFPAはウクライナと難民受入国で活動を続けており、命を救うリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)に関するサービスと支援物資の提供体制を拡充しています。また、UNFPAは遠隔地へモバイルヘルスチームを送り、安全を求めて避難する女性と少女たちをジェンダーに基づく暴力と虐待から守り、適切に対応するための支援を提供しています。

 

絶望の中で希望としての出産

病院で療養生活を送るナターシャさん(写真右)は、数週間後に出産を控えており、いつ何が起こるかわからない今の状況で赤ちゃんを産まなければならないことに不安を覚えるとともに、彼女自身の健康状態が子どもの健康に影響を与えるのではないかと心配しています。

 

「私たちの家族や友人の多くは、ハルキウに残りました。状況が落ち着けば、ハルキウに戻りたいですが、そうでなければ、しばらくはここにとどまるか、あるいは他の場所で、仕事を探しながら、子どもたちを安全に育てていきたいです」と話すナターシャさん。「私も他のお母さんたちと同じく、元気な子どもを生みたいです。平和な環境で育ってほしいとも願っています」――。

 

本文は当該記事を、駐日事務所にて翻訳・編集したものです。

 

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ウクライナ緊急支援寄付にご協力ください

ウクライナで活動を行っているUNFPAは現在、ロシアによる軍事侵攻と被害の拡大により、甚大な被害を受けた女性と少女たちの命と尊厳を守るための人道支援活動を拡大しています。そのための「ウクライナ緊急支援寄付」を立ち上げ、皆さまのあたたかいご支援、ご協力を呼びかけています。

 

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